創業物語

第1章 音楽が大好きだった少年

私と音楽との出会いは、小学校低学年の頃までさかのぼります。

音楽の授業で、初めてリコーダーを手にした日のことを今でも覚えています。

息を吹き込むと音が鳴る。

指の位置を変えるだけで、まるで違う音へと変わっていく。

子どもだった私にとって、それはまるで魔法のような体験でした。

当時は、ゲーム機「プレイステーション」が人気を集め、ゲーム音楽も電子音だけでなく、壮大なオーケストラサウンドが数多く生まれ始めた時代でした。

そんな中、父の影響で出会ったのが『ファイナルファンタジーVIII』の音楽です。

初めて聴いたときの衝撃は、今でも忘れることができません。

「ゲームの音楽って、こんなにもかっこいいんだ。」

子どもながらに胸が高鳴り、その世界観に一瞬で引き込まれました。

学校から帰ると、リコーダーを片手にゲーム音楽を耳で聴きながら何度も真似をして吹いてみる。

授業で習った曲だけでなく、自分の好きな曲を演奏できることが楽しくて仕方ありませんでした。

そして、ある日、ふとこんなことを考えました。

「こんな曲を作れたら、どんなに素敵だろう。」

「いや、いつかこれよりもっとかっこいい曲を作ってみたい。」

もちろん、その頃は作曲なんてしたこともありません。

楽譜も読めません。

音楽の知識もありません。

それでも、幼い私の心には、「自分だけの音楽を作ってみたい」という小さな夢が芽生えていました。

その小さな夢が、何年もの時を経て、私の人生を大きく変えていくことになるとは、当時の私はまだ知る由もありませんでした。

第2章 夢を諦めかけた小学生時代

小学校高学年になると、私はピアノにも憧れるようになりました。

「いつか自分も弾けるようになりたい。」

そんな想いを胸に、ある日の放課後、学校の音楽室へ向かいました。

音楽の先生が一人で書類を書いていたので、「少しだけ弾いてもいいですか?」と尋ねると、優しく笑顔で許可をしてくださいました。

期待に胸を膨らませながら鍵盤に指を置き、最初の一音を鳴らします。

しかし、思うように指は動きませんでした。

頭の中ではメロディーが流れているのに、それを指先で表現することができない。

「こんなにも難しいものなんだ……。」

私は、自分の思い描いていた理想と現実の大きな差を初めて知りました。

後日、ピアノを習っている友達に「毎日どれくらい練習しているの?」と聞いてみると、私の想像をはるかに超える時間を練習していることを知りました。

その姿を見て、私は思いました。

「自分には、そこまで続けられないかもしれない。」

その瞬間、小さな頃から抱いていた「音楽を作ってみたい」という夢は、心の奥で静かに遠ざかっていきました。

それでも、不思議と音楽そのものを嫌いになることはありませんでした。

音楽を聴くことも、歌うことも、仲間と一緒に楽しむことも、大好きだったのです。

そして中学生になると、父の勧めもあって合唱部へ入部しました。

一人で演奏する音楽とは違い、仲間と声を重ね、一つの音楽を作り上げる喜びを知りました。

コンクールにも出場し、金賞や最優秀賞という結果をいただくこともできました。

音楽への憧れは、一度は形を変えながらも、私の中で決して消えることはありませんでした。

この頃はまだ知りません。

「楽器が弾けなくても、自分だけの音楽を作る方法」があることを。


第3章 人生を変えた一台のMacbook

中学、高校と、私は相変わらず楽器を演奏することが得意ではありませんでした。

「音楽は好き。でも、自分には演奏の才能がない。」

そんな想いをどこかで抱えたまま、大学へ進学しました。

ところが、その大学生活で、私の人生を大きく変える出来事が待っていました。

大学から一人一台支給されたMacBook Air。

ある日、何気なくパソコンを開いていると、一つのアイコンが目に留まりました。

ギターのマークが描かれたソフトです。

「なんだろう……。曲でも作れるのかな?」

興味本位でクリックしてみると、画面には鍵盤が現れました。

ピアノ、ギター、ストリングス、シンセサイザー……。

さまざまな楽器の音色が、キーボードひとつで鳴らせるではありませんか。

それが、私とDAWソフト「GarageBand」との出会いでした。

そして、その瞬間、私の中で何かが弾けました。

「楽器が弾けなくても、音楽は作れるんだ。」

幼い頃、一度は諦めた夢が、再び目の前に現れたような気がしました。

その日から、私の生活は一変します。

大学からの帰り道。

バスを待つ時間。

昼休みのわずかな空き時間。

家に帰ってから眠るまでの時間。

少しでも時間があればGarageBandを開き、音を鳴らし、メロディーを作り、夢中で音楽と向き合う毎日が始まりました。

しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。

思い描いたメロディーは形にならず、リズムはバラバラ。

小節という概念も分からないまま曲を作り、耳コピをしても、完成した曲は原曲とはまるで別物でした。

「なんでこんなに違うんだろう。」

何度作り直しても、理想には届かない。

プロの楽曲を聴けば聴くほど、自分との差ばかりが目につきました。

やがて、自分の作品を人に聴いてもらうことさえ恥ずかしく感じるようになりました。

好きだったはずの音楽を聴くことすら苦しくなり、

「自分には、やっぱり才能がないのかもしれない。」

そんな言葉が、頭の中を何度もよぎるようになっていきました。

音楽が大好きだったはずなのに、少しずつ音楽そのものが嫌いになり始めていたのです。

「このままでは、本当に音楽を諦めてしまうかもしれない。」

そう思い始めた頃、一人の人物との出会いが、再び私の人生を大きく動かすことになります。

第4章 挫折直前の運命の出会い

「このままでは、本当に音楽を諦めてしまうかもしれない。」

そんな思いを抱えていたある日、私の人生を変える出会いが訪れました。

大学の図書館で、私と同じようにパソコンを開き、黙々と作曲をしている一人の後輩を見かけたのです。

「もしかして、この人もDTMをやっているのかな。」

勇気を出して声をかけてみると、その後輩は、プロの方からDTMを学び、すでに楽曲提供の実績もある学生でした。

学生でありながら、自分の音楽で収入を得ている。

当時の私にとって、それはとても眩しい存在でした。

「お願いです。教えてもらえませんか。」

私は頭を下げ、後輩に頼みました。

後日、自宅へ来てもらい、お茶とお菓子を用意して、一緒に音楽制作を教えてもらった日のことは、今でも鮮明に覚えています。

もちろん、その後輩は先生ではありません。

教え方も決して完璧ではなく、お互いに試行錯誤しながらのレッスンでした。

それでも、その時間は私にとって何より価値のある時間でした。

今まで一人では理解できなかったことが、少しずつ分かるようになっていったのです。

リズム。

小節。

曲の組み立て方。

独学では何ヶ月も悩んでいたことが、一つずつつながり始めました。

そして、少しずつ「音楽を作る楽しさ」を取り戻していきました。

この経験を通して、私は強く実感しました。

「一人で悩み続けるより、誰かから学ぶことで、世界は大きく広がる。」

この気づきは、今のアモードミオ音楽教室にも受け継がれている、大切な原点の一つです。

曲が完成するたびに嬉しくてたまらない。

誰かに聴いてもらいたい。

そんな気持ちが日に日に大きくなり、私は自分で制作したCDを友人たちへ配り始めました。

CDの中に入っている曲は、たった一曲だけ。

それでも、その一枚には、私が夢中になって作った音楽への想いが詰まっていました。

一人暮らしの大学生だった私は、決してお金に余裕があったわけではありません。

CDを作るたびに出費は増えていきます。

それでも、不思議と迷いはありませんでした。

「誰かに聴いてほしい。」

その気持ちのほうが、何倍も大きかったからです。

もしCDを渡せなかった人がいれば、携帯電話で直接聴いてもらう。

感想を聞くだけで嬉しい。

誰かが自分の音楽に耳を傾けてくれる。

その時間が、何より幸せでした。

もう、人に聴かせることが恥ずかしいとは思いませんでした。

私は、夢中でした。

ただひたすら、自分の音楽を届けることだけを考えていました。

そして、その想いは、思いもよらない形で次の一歩へとつながっていくことになります。

第5章 初めて自分の音楽が届いた日

音楽を作ることが、少しずつ楽しくなってきた頃のことです。

ある日、一人の友人が私にこう言ってくれました。

「常盤、CDを作って売ってみたらどうだ? 売るなら俺も力になるよ。」

その一言が、私の背中を大きく押してくれました。

その友人は、後に私が立ち上げた音楽サークルの最初のメンバーになってくれました。

さらに、別の友人は、今でも忘れられない言葉を掛けてくれました。

「お前のためなら、俺の貯金100万円を投資してもいい。機材でも楽器でも、必要なものに使えよ。」

もちろん、その言葉だけでも十分嬉しかったのですが、私は音楽制作用のiMacを購入するため、3万円だけ借りることにしました。

二か月後には返済しましたが、そのiMacは、その後約8年間、私の音楽活動を支え続けてくれる大切な相棒となりました。

振り返ると、私の音楽人生は、多くの人の応援によって支えられてきたのだと感じます。

そして、いよいよ人生で初めて制作したCDを手に、同人即売会へ参加する日がやってきました。

今でも、その日の朝の緊張は忘れられません。

「こんな作品で、本当に買ってもらえるのだろうか。」

「誰も立ち止まってくれなかったらどうしよう。」

期待よりも、不安のほうがずっと大きかったように思います。

↓当時の私の最初のアルバム収録曲↓

会場では、応援してくれている三人の友人たちと一緒にブースを準備し、お客様が足を止めてくださるのを待ちました。

しばらくすると、一人のお客様がブースの前で立ち止まりました。

「おっ、新人さんか。聴いてみてもいい?」

「もちろんです!ぜひ聴いてください!」

心臓が飛び出しそうなほど緊張しながら、試聴していただきました。

数分後、その方は笑顔でこう言ってくださいました。

「うん。応援の意味も込めて、一枚ください。」

その瞬間の嬉しさは、今でも言葉では表せません。

「ありがとうございます!」

そう答えた声は、きっと少し震えていたと思います。

結局、その日用意していた5枚のCDは、すべて手に取っていただくことができました。

決して大きな数字ではありません。

でも、私にとっては、「自分の音楽が誰かに届いた」という、人生で初めての出来事でした。

あの日の5枚は、何千枚、何万枚という数字には代えられない、かけがえのない5枚です。

その後も少しずつ応援してくださる方が増え、中には静岡県から泊まりがけで私のCDを買いに来てくださった方もいらっしゃいました。

自分の音楽を楽しみにしてくださる人がいる。

その事実は、私に大きな勇気と自信を与えてくれました。

そして私は、音楽には人と人をつなぎ、誰かの心を動かす力があることを、この経験を通して教えてもらいました。

第6章 音楽は、人との出会いをくれた

音楽を続けていると、不思議なことに、それまで出会うことのなかった人たちとのご縁が少しずつ広がっていきました。

同人即売会や音楽活動を通じて、各大学の吹奏楽団や管弦楽団で活動されている方々と知り合う機会が増え、

「今度コンサートがあるんだけど、よかったら聴きに来ない?」

そんな嬉しいお誘いをいただくようになりました。

学生だった私にとって、本格的な演奏会へ足を運ぶことは決して当たり前ではありません。

それでも、多くの方々のご厚意のおかげで、名古屋や近郊で開催される吹奏楽やオーケストラの演奏会へ足を運び、生の音楽から多くのことを学ばせていただきました。

演奏技術だけではありません。

音の重なり。

楽器の響き。

会場全体を包み込む空気。

CDやパソコンのスピーカーでは決して味わえない感動が、そこにはありました。

さらに、即売会ではバンドやロックミュージシャンの方々とも交流が生まれ、人生で初めてライブハウスにも足を運びました。

イラストレーター。

コスプレイヤー。

DTMクリエイター。

漫画家。

ボカロプロデューサー。

ジャンルを越えて、多くのクリエイターの方々と出会い、それぞれの「ものづくり」に対する情熱に触れることができました。

そして、私にDTMの可能性を教えてくれた、憧れのDTMクリエイター兼バイオリニストの方と直接お会いし、お話しする機会にも恵まれました。

画面の向こう側でしか知らなかった方が、目の前で音楽について語ってくださる。

その時間は、私にとって夢のような出来事でした。

今振り返ると、大学生という若い時期に、これほど多くの出会いと経験に恵まれたことは、本当に幸運だったと思います。

音楽を始めていなければ、きっと出会うことのなかった人たち。

見ることのできなかった景色。

感じることのできなかった感動。

私が得たものは、音楽の知識や技術だけではありませんでした。

人とのつながり。

新しい世界。

そして、自分の可能性を信じる勇気。

音楽は、私にそれらすべてを与えてくれました。

だから私は今でも思います。

音楽は、ただ曲を作るための技術ではありません。

人生を豊かにし、人と人をつなぎ、新しい世界へ連れて行ってくれる力を持っているのです。

第7章 今度は私が届ける番だ

2022年。

大学を卒業後、私は個人事業主として活動を続けていました。

音楽活動も続けていましたが、ある日、大学時代の同級生と久しぶりに再会します。

その同級生は、大学卒業後に音楽専門学校へ進学し、音楽の道を歩んでいました。

久しぶりに音楽について語り合うと、不思議なほど目指している世界観が似ていました。

「音楽を通して、誰かの力になりたい。」

「音楽をもっと身近なものにしたい。」

そんな想いを語り合う中で、私は自然とこう思いました。

「この人と一緒に音楽教室をやってみたい。」

そこから、小さなレッスンが始まりました。

当時は教室名もありません。

身近な人へ向けた、小さなプライベートレッスンです。

それでも、生徒さんが音楽を楽しそうに学ぶ姿を見るたびに、私は確信するようになりました。

「この喜びを、もっと多くの人へ届けたい。」

その後、活動を休止していた社会人音楽サークルを再開すると、同じような想いを持つ仲間たちとの新しい出会いが次々と生まれました。

音楽を教えることが好きな人。

誰かの成長を応援したい人。

音楽の楽しさを伝えたい人。

それぞれ歩んできた道は違っても、目指す場所は同じでした。

「音楽を作る喜びを、一人でも多くの人へ届けたい。」

その想いに共感した仲間たちが集まり、少しずつ教室の形ができあがっていきました。

そして誕生したのが、アモードミオ音楽教室です。

振り返れば、私の音楽人生は、一人では歩んでくることができませんでした。

挫折しそうなときに手を差し伸べてくれた後輩。

背中を押してくれた友人。

応援してくださったお客様。

多くの演奏家やクリエイターの皆さん。

そのすべての出会いが、今の私につながっています。

だから今度は、私たちが誰かの「最初の一歩」を応援する番です。

もし、あなたの心の中にも、

「音楽を作ってみたい。」

そんな小さな想いがあるのなら、その気持ちを大切にしてください。

その一歩が、いつかあなたの人生を大きく変えるかもしれません。

私たちは、その可能性を心から信じています。

第8章 私たちが経験した世界を、あなたへ。

ここまで私の創業物語を読んでくださり、本当にありがとうございます。

振り返ると、私の音楽人生は決して順風満帆ではありませんでした。

楽器が思うように弾けず、小さな夢を諦めかけた小学生時代。

GarageBandと出会い、夢中で作曲を始めた大学時代。

何度も壁にぶつかり、「自分には才能がないのかもしれない」と悩み続けた日々。

そんな私を救ってくれたのは、いつも「人との出会い」でした。

教えてくれた後輩。

背中を押してくれた友人。

私の音楽を手に取ってくださったお客様。

応援し続けてくださった多くの方々。

その一つひとつの出会いがあったからこそ、今の私があります。

だから私は、この教室を「音楽を教える場所」だけにはしたくありませんでした。

私たちが目指しているのは、DTMという難しく感じられがちな世界への入り口を、少しでも優しいものにすることです。

DTMは、音楽でありながら、パソコンやソフトウェアを使いこなす技術も必要になります。

専門用語も多く、操作も機械的で、初めて触れる方の多くが途中で壁にぶつかります。

実際に私自身も、その壁の前で何度も立ち止まりました。

だからこそ、その苦しさも、不安も、挫折しそうになる気持ちもよく分かります。

もし今、あなたが同じような壁の前に立っているのなら、私たちはその壁を少しでも低くしたい。

必要であれば、一緒に梯子を掛けて乗り越えるお手伝いをしたい。

そして、その先にある「音楽を作る喜び」や、「自分の作品が誰かに届く感動」を、あなたにも体験していただきたい。

それが、アモードミオ音楽教室の願いです。

私たちは、私たちが経験してきた世界を、あなたへ届けたい。

でも、本当に伝えたいのは、その先にある想いです。

あなたなら、私たちが見てきた景色よりも、もっと素敵な世界を創り出せるかもしれない。

私たちは、その可能性を心から信じています。

もしあなたが、

「音楽を作ってみたい。」

「昔からDTMに興味があった。」

「一人では続けられるか不安。」

そんな想いをお持ちでしたら、ぜひ一度、無料カウンセリングへお越しください。

講師一同、あなたの「最初の一歩」を、心を込めてサポートさせていただきます。

あなたとお会いできる日を、心より楽しみにしております。

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